第50回研究会記念フォーラム「ほんとにどうする日本改革」
- 21世紀構想研究会理事長 馬場錬成
- 黒川清 日本学術会議会長
- パネリスト
- 有本建男 文部科学省科学技術・学術政策局長
- 加藤紘一 衆議院議員(元自民党幹事長)
- 野中ともよ ジャーナリスト
- 草刈隆郎 規制改革・民間開放推進会議委員(日本郵船会長)
- 黒川清 日本学術会議会長
- コーディネーター
- 馬場錬成 21世紀構想研究会理事長
開会のあいさつ
本日は、特定非営利活動法人21世紀構想研究会の50回記念フォーラムに参加いただきありがとうございます。私たちは1997年9月26日に第一回研究会を開催し、本日をもって50回目を迎えたものであります。
本日の記念フォーラム「ほんとにどうする日本改革」では、日本の社会システムの改革について識者からご提言をいただき、またパネルディスカッションで討論をして、あるべき方向を模索する会にしたいと思います。
90年代の後半から、IT(情報技術)をツールとした産業革命が勃発したというのが私たちの共通認識であり、産業現場のみならずあらゆる社会システムで、従来の枠と実態との整合性がとれなくなり、非効率的な現場が頻出しています。思い切った社会改革をしない限り、日本の将来展望は開けません。
産業革命によって、多くの製造業は標準化され、競争力の源泉が変質してきた一方で、高度で専門性の高い研究開発がますます大きな比重を占めるようになってきました。童子に、衣、食、住の量的不足が解消して必需品が十分になり、相対的に非必要物に比重が移り、非必要経済が活発になってきました。
市場にはあらかじめ需要が存在しないため、研究開発者、企業、政府は自ら需要をつくらなければならない時代になってきたのです。人々は快適性が高く、感性豊かで、高度で良質な生活環境と生活様式を求めており、このニーズに応える技術開発が必要になってきました。生活者個人と質を重視した研究開発およびシステムの変革がこれからの太い柱になるでしょう。
本日の記念フォーラムは、こうした社会の動向に応えるための改革のあるべき姿、方向を示唆しようとするものであります。
参加した皆様と共に日本のために大いに考え討論したいと思います。
特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長 馬場錬成
基調講演「改革のリーダーはほんとにいるのか」
黒川清 日本学術会議会長
ジャパンアズナンバー1には「学」がなかった
今日はこのような席にお招きいただきまして、ありがとうございました。日本は色んな意味で行き詰まっているようには見えるのですが、皆さんに聞くと出来ない理由をたくさん言います。私はアメリカに15年もいて、会社に行ったわけでもありませんから、ひとりでサバイバルゲームをしなくてはなりませんでした。そういう意味では色々な社会的な状況、歴史的な背景など、このようなことを中途半端にした人がアメリカでは非常に通用しないと感じています。
つい10年前まで日本は「政・産・官の鉄のトライアングル」、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていました。そのころからその中に「学」が無いことはとんでもないことで単なる成金趣味で実に品が無いと思っていました。ところが最近になったら「産・学・官」になった。そこの違いに気がついてる人がどれだけおられるでしょうかという話をさせていただきます。私のHP上でもキーワードを入れるとヒットが多い順になっておりますのでご覧下さい。
成蹊高校卒にこだわるワケ
私の略歴はここに書いてある通りですが色々なところを渡り歩いています。これが外国では普通なのですが日本ではおかしな人と思われるのが普通であります。
わざわざ成蹊高等学校卒と明記していることは、大学に入る前の中学、高等学校時代にまわりの先生の影響を受けたからです。ピンとくる方は思いあたることでしょう。例えば武蔵高等学校の実質的な初代校長の山川健次郎は日本の物理学の祖であります。最初の理学部長でありますが、会津藩14才で白虎隊の脱藩者です。その後知己を得て、17才でエール大学に留学。22才で帰国後、「これからは教育だ」ということで最初のお弟子さんが田中館愛橘であり長岡半太郎であり、そういう人を育てた立派な教育者です。成蹊もそのころ、帝国大学の教育学部を出た中村春ニ先生がイギリスのパブリックスクールのようなものを作りたいということで、今村銀行の今村頭取、岩崎小弥太に資金を出させてこの学校を作ったのであります。
地域に貢献できる大学教育
お手元に配布した資料で、河村文部大臣時代の「これからの教育を考える懇談会」についていろいろ書いています。専門の大学院、先生の評価とか色々言われていますが、そんな事では無く、もっと下からのボトムアップです。学術会議も積極的に始めていますが、大学を中心にしてそれぞれの地域の人たちが子供の教育、子供を育てるという意識を作ろうということを言っております。
大学も独立行政法人になったのですし、地域でどういうふうに次の世代を育てることに貢献できるのか考えないとならない。地域のマンパワーをどう創成していくかを含んだ評価点を入れてもらいたいと要望しているところであります。
その次に書いてあるのは「リーダーよ。歴史のうねりは見えているか」であり、これはJR東海の「月刊ウェッジ」に掲載された私の推薦する著書であります。この中の「敗北を抱きしめて」(ジョン・ダワー著)は評判になりましたのでアメリカ占領下の日本の話であり、是非ご一読をお勧めします。
日本の常識は世界の非常識
さて、ここで一言みなさんに、日本の常識は世界の非常識ということを考えていただきたい。
まず第一に、最近日本ではこの6年間に自殺者が30%増えました。日本の自殺者のベースラインは約2万5千人でが、この6年間に3万2千から3千へと急増したのであります。この増えた分は全て40歳代50歳代60歳代の男です。
何故でしょう。もちろん経済が悪い、職が無くなったとか、家のローンが払えないといった理由が考えられますが、世界中どこでもそんなことはあります。そんなに職がなくなったことが悲しいですか。肩書が無くなることが悲しいですか。重要なことは、「自分は存在しているのか」ということであります。
次に日本には過労死ということがあります。この言葉は日本しか存在しない言葉です。そんなに仕事が好きなのですか。部長に言われたことが好きで死ぬまで働くんですか。それがあなたたちの価値観なんですか。そんなに好きなら結婚する必要もないですね。仕事と結婚すればいい。
次に3番目は役所には立派な方はいますけれども、定年になると皆さん天下りと言います。メジャーなメディアも天下りという言葉を使っています。普通の言葉になっている。嫌らしく必ずカッコ付きの附点付きで書いてくるのがメディアの品格というものです。
何で役所があなたたちの上にいるのですか。それをどうして皆さん言わないのですか。日本では人間と言う言葉があります。人間とは世間の人という意味です。世間のポジション以外には存在していない。個という存在が日本にはないのです。それはルース・ベネディクトも指摘していることであります。
日本には「わたし」と「あなた」を意味する言葉がたくさんあります。それは相手によって、シチュエーションによって使い分けます。人に会った時に社会的なポジションはひとつのヒエラルキーであり、お互いに共通に認識しているからこそ目上の方かどういう立場の人かによって「あなた」と「わたし」の言葉を使い分ける。
英語では「わたし」を言う場合「I」は一つしかない表現なのに、日本にはたくさんの表現があります。それは社会的に必要だったからです。
いまの時代、それが常識だと思いますか。世の中はそうではないのです。そのズレが当然のようにグローバルな世界でもお付き会いしてるから極めてやり難いのです。何故出来ないの?と聞くと出来ない理由をたくさん言うのがまた日本人でもあります。
日本のリーダーの特異性
そこで文明の長い歴史をみると、人間は賢くないから同じようなことを考えます。これが歴史であり、文明の流れでもあるのです。中西輝政さんの「国民の文明史」の中で日本は60年から70年のサイクルで上がって下がる。上がってなぜ下がるかというと、上がったことによって驕り高ぶって妙に自信をつけてそのまま変われないから必ず下がるのです。
その時に上がるようなモチベーションをくれるのは何かというと日本が自発的にやっているわけではありません。まわりを囲んでいる状況がそうさせるのです。それに反応することであり、自発的にやらなかったことは致し方ありません。しかし重要なことは、そういう歴史の事実をどれだけリーダーが認識するかであります。世界の状況は何故こう動いているのか。日本はどうしてこういうふうに考えるのか。うまくいった時はどうしてそうなるのか。それを考えているのがリーダーの資質であります。
日本は大部分の人は真面目で勤勉で良く働いて上のひとの言うことを聞いて素晴らしいし識字率も高い。ところがリーダーのプロセスが非常にまずい。いざ困ると普段は威張っていたけれども、いざとなると先に逃げるというのが日本のリーダーであります。それは企業でもどこでも同じです。
リーダーの歴史観と文明史観
リーダーとはビジョンの問題であります。ビジョンはどういうことかというと、しっかりとした歴史観があり文明史観があるかということによって一体何が起っているのかということを認識することが大事であります。歴史は必ずくり返します。
科学と技術というのは常に過去の知識の上にたって新しいブレイクスルーがあり、世の中を変えていきますけれども、それを決め、どう使うか、何をするかというのは人間のデシジョン(decision,決断)であります。その人間のデシジョンというのは智恵であります。だけど科学と技術がいくら進んでも人間の智恵はそれほど進みません。人間の智恵の集大成が哲学であり宗教でありひとつの学問体系だからです。
それではみなさんに伺います。皆さんは近代日本の歴史についてどれくらいご存知でしょうか。これは文部科学省の幹部を集めて1年前に話したことですが、あなたたちはいい大学に入ったかもしれないけれども大学に入って勉強をした記憶があるのかと。今まではいい大学に入るのが目的で勉強して大学入ったら勉強をしなくていいよと社会も言っていたでしょう。するわけないでしょう。必要がないわけだから。
そうなれば今のリーダーの人たちは例外を除けば、歴史の知識、特に近代の歴史については大学の入試に必要な歴史しか知らないはずです。年号とか記憶だけです。歴史の背景について分析する筈もないから知らない。その人が一生懸命考えているからろくなことはない。
そういう訳でグローバルには何が動いているかといえば、例えば600万年前くらいに動物は進化しながら初めての人類が世の中に現れました。猿と違う人です。我々のスピーシズ、ホモサピエンスが地球上に現れたのはたった15万年前です。ではこの間の500万年はいったい何だったのでしょうかということであります。我々ではない違ったホモがいたのです。おそらく20~30種類のホモスピーシズがいてみんな絶滅しています。にもかかわらず15万年前にイブという女性から出てきたホモサピエンスが何でひとつだけ残って大きい顔をしているのか。その理由を考えて下さい。すべて私たちのまわりは人工物です。なんでこんなになってしまったのでしょうということを考えるのも大事なことです。
地球規模の文明史観が必要だ
もうひとつの質問は、今の世界のパラダイムは全てヨーロッパ紀元の科学、科学技術と文明であります。何故でしょうか。例えばコペルニクスは16世紀中ごろの人です。15世紀の終りの大航海の時代、日本には1549年にザビエルが到着します。もちろんコロンブスがアメリカ大陸を見つけたのは1495年のことであります。その1495年にヨーロッパはアラブに支配されていたわけですが最後にトレドの戦いですべてのアラブ、ムーア人ですがグラナダとか遺跡が残っていますが、最後のムーア人が追い出されたのも同じ年であります。
つまり15世紀の終りまでは中東地区はイスラムが押さえて、イスラムの科学が落ち着いていた。元々中国にあった文明の鉄、印刷の技術を西洋に持ち込んでグーテンベルクの印刷術というのも元々は中国が作っていた技術が西洋に行ったというのがはじまりであります。グーテンベルグが1450年ごろはじめて印刷した本は聖書であります。これによって初めて聖書の言っていることがだんだん人に伝わるようになり宗教革命、ルネッサンスが起こったのがようやく400年前であります。ですからグーテンベルグの前の1501年前の言葉、本については別のラテン語がある。つまりこういった知識体系、哲学体系をどれだけのリーダーになる人は必修科目として勉強していたのか、ということであります。
明治維新から日露戦争まで
今年は日露戦争に入ってちょうど100年であります。来年は日本海海戦になります。そこで活躍するのは東郷平八郎であり秋山真之であります。「坂の上の雲」でありますが、ご存知のように司馬遼太郎はいろんな人を題材にした本を書いておりますが「坂の上の雲」以降は人を題材にした本は書いていません。街道ものになっています。それはなぜでしょうか。秋山兄妹以降は後世に残すほどの立派な人はいない。明治維新から日露戦争に勝つまでは、日本は日本の自分の意志で国の運命を決めなくてはならない。
その時世界を設計していたのはヨーロッパ文明でありましてヨーロッパ文明の世界制覇をもたらしたのは18世紀の終わりの産業革命というエネルギーを動力にかえるという画期的なことがおこったからであります。それによって産業のパラダイムが変わったからであります。そこでヨーロッパ文明の世界制覇があってアフリカを取り合い東洋に来てアヘン戦争が19世紀の中頃に起こります。
いよいよ日本にも色々な人が来てペリーが来ると、たまたまピューリタンの子孫だったというのが日本にとって幸せなことだったろうと思います。ハリス、クラーク先生もそうですね。みんなピューリタンという非常にリッチなイギリスから飛び出してきて新しい国を作ろうとしてしかもイギリスと戦争してまで独立を勝ち取ってきたその志の高い人たちの子孫が日本に来たというのは、日本にとっては非常にラッキーだったのではないでしょうか。
100年前に日露戦争に勝ったのはきわめてすばらしいことでありまして、それまで全ての世界中の国はヨーロッパ文明の植民地になっておりました。その時にヨーロッパとぶつかって独立を果たしたのは日本だけであります。もうひとつ独立をできたのはタイであります。そんなことで歴史は非常に面白い。文明は面白い、哲学は面白い。大学に入ったらローマとかギリシャとか中国の哲学をひとつくらい勉強をしなきゃだめですよ。それが近代日本の歴史と世界史を知らないとどういうダイナミズムが世界を支配していたか、日本が反応して何が起こったのかということを知らない限り次の時代への解決策は出ません。
戦後の日本は世界情勢とアメリカが決めていた
戦後の日本はどうだったのかということであります。戦後の日本には三つのことが起こりました。これは外から与えられた条件であります。まず一つはアメリカが占領したことです。日本の選択ではありませんがペリー以来何となく親近感をもっていたのかどうかしらないけれどもそういう背景があって当たり前だと思っているけれども当たり前ではありません。運が良かったのです。
二つ目は戦争が終わってから冷戦構造になりました。これは日本が仕掛けたわけではありません。囲む状況がそうなったわけで衝突の地点は東ヨーロッパと東南アジアになるのは当たり前です。その衝突点の一番近い島に日本があったということです。戦後の5年間、日本は猛烈に貧乏でした。アメリカは日本を復興させようなんて思っていませんでした。それが「敗北を抱きしめて」を読んでいただけるとわかります。日本にはそのころ婦女暴行事件が毎日330も報告されています。
そのころ、ミラクルドラッグのペニシリンが来たなんて皆喜んでいますけれども、それはアメリカから来ていた駐留軍のGIサンたちに梅毒とリン病が猛烈に広がったのでペニシリンを持ってきたという話であります。そのときお裾分けをもらったコネのある人が有難い薬が日本に来て、というような話でもっと歴史的なパースペクティブを見る必要があります。
そんなことで連合軍とアメリカ軍の日本に対する政策の意見が違ったらどうするかとなると、それはマッカーサーの方が上であることはちゃんと書いてあります。5年間日本は貧乏でしたが5年目の忘れもしない1950年6月25日朝鮮戦争が始まります。北軍が一気に押し込んでいき、釜山の外構まで埋められてしまいます。そこでインチョンの飛行場でインチョン上陸作戦をマッカーサーの指揮下でうまくソウルを奪還します。そしてその年の冬前までには北朝鮮の国境まで押し込んで、これで連合軍が勝っておしまいというところまでくるのですがその時何が起こったでしょうか。
隣の国中国では長年の国民軍と赤軍の戦争が終っておりまして、毛沢東の共産党が勝っていたというのがその前の年に起っているものですから毛沢東の赤軍30万を投入します。そこで一気に38度線まで戻します。ということで膠着状態になって朝鮮戦争は3年続きます。最終的に東西に別れて朝鮮半島に住んでいた2000万が南北生き別れになるということであります。
隣りで火事が続けば日本は一気に経済復興します。米軍の後方基地なんだから。そこで日本のシステムは猛烈に良く機能します。1940年に取り入れられた大政翼賛会直接金融から間接金融へ。司法の独立した税制から中央の公布税へ。そこでそのままの軍事体制で日本は冷戦と日米安保の枠組みで経済エコノミックアニマルと化して成長率8%ということで60年代を過ごします。
1953年朝鮮戦争の終わった後の翌年はその南のベトナムでベトナム軍がフランス軍を追い出して独立します。だけど冷戦があったから南北に別れて膠着状態になりつつ1960年になるとベトナム戦争がはじまります。日本はまた後方基地となります。その間に日本は1964年に東京オリンピックを迎え新幹線が開業します。今や世界のブランドになったホンダは、初めてミニカーという四輪車を出した年であります。その25年後にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、そのシークレットは「政・産・官の鉄のトライアングル」といわれリーダーは素晴らしいなんて、みんな言っていたけれども、国のビジョン政策、大きな枠組みはアメリカが決めていたんです。そこで日本はどうするかということであります。
これからは女性活用の時代
明治になったころは立派な人たちがたくさんいました。昨日と一昨日、日本とカナダ国交75周年ということで日本とカナダの将来というシンポジウムをやりました。いろいろ考えたのですがこれは「女性だ」というテーマにしました。私が基調講演をして、その後4つくらいのテーマで全部スピーカーは女性です。その時も言いました。日本の将来はこれから人が減るんだから女性をどうやって生かせるかというのが日本のカギだ。
わたしの講演は「なぜ女性、なぜカナダ」というテーマで話しました。国連の指数をみてもヒューマン・ディベロップメント・インデクスというのはカナダは一番、つまりこれは経済力とか婦人の参政権とか大学にどれだけ行っているかということです。日本は8番です。
ジェンダー・ディベロップメントはカナダが1番、日本は8番です。だけどジェンダー・エンパワーメントはどのくらい政治、経済、財界にいろんなところに女性がポジションを占めているかというと北欧はトップでカナダは8番、日本は40番台ですね。カナダは人が足りなくなれば移民を入れます。だけど日本はしたくなかったら女性をどうやって活用できるかが一番大事です。
そういうことを言われて一番困るのは男なんです。女性の社会進出を何だかんだと言って出来ない理由ばかりを言っているのは、自信のない男が作ってる三角形の組織だからダメなのです。近代の科学も男が作ってきたと言うのはそうですが、キューリー夫人をはじめ津田梅子がいます。津田は7才で岩倉使節団で行った女性であり、このときの女性は5人います。
津田は国費留学で11年行ったのです。行かせたお父さん、お母さんは偉いと思いますね。今のように電話もファックスもなし、飛行機もなかったのですから。津田梅子も18才で帰国します。日本で「これからは女子の教育だ」といって華族学校のようなのがあって、乃木大将もいろいろ応援してくれるのですが、5年してこれは十分でないとまたアメリカのブリンマという女性のカレッジに行きます。その間モーガンと1891年から92年の冬にカエルの卵の実験を一緒にやります。その共著が1894年に明治37年に論文が出されますが、先日コピー読むと感動します。ということもHPに書いてありますので私たちと感動を分かち合いたい方は読んでみて下さい。そして良かったら是非まわりの方へ紹介をして下さい。
2050年の国のビジョンを考えよ
情報が早い、世の中が変わってしまった。思い出してみて下さい。15年前平成元年に世に中に起こったことは、一体何なのか。私が何故このようなことを言っているかというとこれからの国のビジョンは「2050年はどういう国になりたいのか」というメッセージを発すべきだからです。何故2050年かというとその時60才になる人はいま14才になっています。50才の人は4才です。この人たちがこれから受ける10年の教育はどんなものでしょうか。とても心配です。
これは森嶋通夫さんの「日本は何故ゆきずまったか」に書いてあります。そのデモクラフィーからいくと日本は何なのか。ということを考えた上でそのビジョンは歴史的にみれば、この100年間で世界の人口はようやく100年前16億に達したのがたった10年間で64億に達しました。こんなに人がいて、エネルギー、食料、地球の温暖化、廃棄物をどうしますか。これが地球的課題であります。
ということでここ10年間科学者コミュニティーがネットワークを作ってその政策提言を具体的にしています。なぜかというと、我々の立場と言うのはさしあたり学者の世界だから利害関係がないからこそニュートラルな意見を言うべき社会的責任があるからです。そういうことをやっているのが学術会議であり、ようやく意味をもつような時代として認識されるようになりました。
そこで2050年は65億の人の内の20%がイスラムです。人口問題、南北問題、環境問題が世界を動かす3つのパラダイムです。来年のG8サミットはイギリスがホストとなりますが、ブレア首相はなかなか良いことを言っております。トップアジェンダはクライメイトチェンジですよと気候の変動を言っております。さて、2050年はあまりにも遠くてみなさん何も考えられないと思うので2050年日本はどうなるべきかと考えてみましょう。
アジアのパートナーとしての日本
日本は100年前世界で初めてヨーロッパの文明から独立しました。これによって多くの植民地が独立できるのだという運動が20世紀にわたって起こったのは日本がエグザンプルを示したからです。ですが謙虚に反省すべきは反省しなければなりません。そこで何が起ってきたかというとアジアでの信頼を失いかけました。例の日中の問題などです。
そこで日本はアジアのパートナーとして信頼を再構築することが一番大事なことです。世界人口の60%はアジアにいます。アジアは必ず成長していきます。その中で日本はどういう国としてお友達として信頼されるかが大事です。わたしはアジアのいろいろな国へ行きますがどこへ行っても日本は何かやってくれるのではないかと期待しることが分かります。彼等も中国のエクスパンションを恐れているのです。中国は2020年に日本のGDPを超えると予測されます。8%経済成長を支えるための電力の70%が石炭です。どんどんオイルを輸入しています。これで地球の環境なんて言っていられますか。
日本が目指す国のカタチ
人材の育成、科学技術政策、国防、外交、経済そういう国の社会的基盤はしっかりグローバルに対抗できるものにした上で地球の環境を維持することを考えなければなりません。そのための人材を養成し個人、人間ではなくひとりひとりの個が有機体をつくるような社会を構築するような価値観をもつ人達が必要です。科学技術はすべて環境です。バイオ、IT,グリーンケミストリーもナノも全て環境です。全てのモノが環境に優しいことが重要です。
エネルギー、食料、健康などのテーマで日本が貢献することによって日本は光り輝く尊敬される品格のある国になる。つまり経済、金持ちだけではダメです。皆さん金持ちが好きですか。品のある人、知力のある人がいいでしょう。そういうものを2020年に達成するゴールをそれぞれが人材の育成、科学技術政策、環境へと収斂していきます。環境と経済は両立します。
トヨタのプリウス、ホンダのハイブリッド車もそうです。アメリカではプリウスが12ヶ月待ちです。なぜでしょうか。みんながそのようなことを思い出しているからです。環境にいいものでなければ会社は生き残れません。それがグローバル社会のコーポレートソーシャルディスポンシビリティであります。
リーダーになるための5つの条件
なぜ2020年と私が言うのか。これから15年先だからです。では15年前には何があったでしょう。ベルリンの壁が崩壊しました。その2年後にはソ連がなくなって冷戦がなくなりました。天安門事件がありました。それからの今の中国を予想できますか。
これから15年というのはもっと早く動きます。その時日本はどういう戦略を今から考えて5カ年計画をするか。これこそが戦略的な国の政策立案であり国家ビジョンがなくては政策なんてできるわけがありません。つまりは皆さんが誰を選ぶかにかかっているのです。政治というのはそういうものです。民主主義とはそういうものです。
そこで教育は大事です。大学は大事です。大学の人たちに会うと皆さん役所の縦割りの悪口を言います。こんど国立が独法化で私は期待していたけれども非常に失望をしました。その学部長経験者から学長を選んでいるのではないでしょうか。こんなのは日本だけです。
MITは最近プレジデントを選びました。49才の女性です。エール大学の学長でした。ケンブリッジ大学のトップは女性です。プリンストン大学も女性です。ロックフェラー大学の学長はイギリスから引っ張ってきたノーベル賞受賞者のポール・マースです。UCバークレーの学長はごく最近選ばれましたがトロント大学の学長だった人です。日本で考えられますか。
学という自由な人達が、それも考えない人がどうして省庁の縦割りのことが言えるのか。文句ばかりを言ってないでやるということが大事です。これが社会的責任であり日本だけで世の中が動くわけではありません。リーダーになる条件は塩野七生さんではありませんが、5つあります。5つ兼ね備えた人はローマ皇帝ジュリアス・シーザーただ一人だそうです。
まず一つは「知」です。それから「体力」、3つ目は「ビジョン」です。このビジョンは歴史観、文明史観があるビジョンです。さらにそのビジョンを「まわりの人に伝える能力」です。5つ目はゆるぎない「信念」です。こういう人がみなさんのまわりにどれだけいるでしょうか。どうもありがとうございました。
シンポジウム「ほんとにどうする日本改革」
第1部 パネリストによる意見発表
加藤紘一 衆議院議員(元自民党幹事長)
ゴルバチョフは語った「日本は社会主義国だ」
今、日本でやらなければいけないことは何かというと、この国の非社会主義化だと思います。この国は自由主義の国だと言われていまが、ほんとにそうなんでしょうか。ゴルバチョフが政権の末期にアメリカに行ったときの記者会見で、アメリカの記者が手を挙げて「ところで、メインテーマと少し外れるのですが社会主義というのは非効率だというのが分かりましたね。そろそろ変えたらどうですか。」と言った。
そしたら、ゴルバチョフは怒ったような顔をして、「そんなことは分かっています。だから私はペレストロイカとかいろんな改革の準備をしているのをおわかりいただけてないんでしょうか。ただね、皆さん一言だけ申し上げておきますが、世界の中で社会主義がうまくいっている国が一つだけある。日本だ。」と言ったそうです。
居並ぶ記者たちは、ソ連のリーダーがこの程度の国際政治の知識かと日本は我々の同士であってマーケットメカニズムの最たるものではないかとせせら笑ったそうですが、しばらくしてから、「ゴルバチョフが日本の本質を一番よく分かってる」という話があります。
時が経って2001年9月11日午後5時、モスクワでゴルバチョフ研究所でゴルバチョフさんとふたりで話をしておりました。その事を確認したかったのです。そしたら「日本というのはほぼ社会主義だね」という。そこに女性秘書がメモを持ってまいりました。
たぶんそれがワールドトレードセンターのニュースだったと思います。モスクワ時間午後5時はニューヨーク時間午前9時です。日本は本当に社会主義の国であるということを過去15年くらい、外国にスピーチを頼まれて行くと話してきました。日本国内でも言っております。
ある意味、奈良時代から社会主義かもしれません。天皇のお墓で中国の明の十三陵ほど膨大なものはありません。資本蓄積が足りなかったのかなとも思うんですが、やはり平等な国なんですね。その発想は我々の心の中に非常に強く残っています。
乗り合いバスのエピソードで日本社会を見ると
2年前コロンビア大学で授業をしたのですが、その時在ニューヨーク経験のある日本人の方から聞いた話で、ある日マンハッタンの中心地からNYの郊外に行く乗合バスに乗った。そしたら終点間際になって客が4人しかいなかった。ひとりは杖をついたかなりのお年の女性だった。その彼女が突然「運転手さんすみませんが私の家はちょっと路線から外れて ぐるりとまわると3分くらいしかかからないんですがまわってくれませんでしょうか。このような足なもので」。
そしたら運転手が「いいですよ。まわってやろうと思うけど、他のお客さんで急ぐ人はいますか」。他のお客みんなも「いいよ。まわってあげれば」という。それで運転手は路線を外れて彼女の家の前で降ろして、そして何ごともなく終点に行った。
でその日本人曰く、「これがもし東京でおこるだろうか」運転手さんはきっと「いやーまわってあげたいんだけど規則だからね」と言うだろう。仮に運転手さんがそれをやったとすると乗合の他の客は表向きは「いいよ」とは言うけれど、多分翌日くらい新聞に投書してんじゃないかと。
「こんなことでいいのだろうか。それを目撃した」みたいな記事を書きかねないなと彼が言うんですね。つまり我々の心の中に社会主義があるんですよ。われわれの心の中にレギュレーションオリエンテッドの精神があるんですね。だから今、黒川さんがおっしゃった「この国は改革しなければいけない」とおっしゃる。リーダーがしっかりしないからダメだとおっしゃる。
わたしもリーダーのひとりで政界にいますから、逃げ隠れできない。反論はしません。それで自分たちが小泉改革でいうところの精神、民間でできるところは民間にというところは社会主義化から離れようという意味で正しいことなんですけれども、それが実際なかなか出来ないのは何かというと国民も我々政治家も自分たちの頭の中にこびりついた社会主義、規制主義、役所主義を取りはらわなきゃならないと思いつつ、思う度合いが十分でなく取り払う努力が十分でない。
ですからこの国を元気にするためには我々自身がリソーシャライゼーションしなければいけない。非社会主義化しなければいけないということが最大のポイントでないかなと思ってます。
中国の「海がめ族」が世界を変える日
一方我々の隣りの中国では、社会主義の国だといわれてますけれども、しかし今やってることは社会主義市場経済という言葉でこんな訳のわからない言葉はないです。これはごまかしです。実際は社会主義はちっちゃくなって市場経済化してるんでしょうが、上海なんかは社会主義というよりももう、ワールドキャピタリズムですね。ものすごい勢いでどんどん伸びていって、たぶん若干のバブルがありますし、国営企業の扱いが少しおかしいので多分あの国はもう一度困難な状況に直面すると思います。
でもあの中国の中で一つだけ気にしなければいけないことがあります。それはウミガメ族です。何かというと中国の大学を4年で出る。特に清華大学というところは優秀な大学ですが、そこを出てカメが海を渡っていくようにアメリカ大陸に泳いで行く。そこで有力大学やビジネススクールでマスターを取る、PHDを取る、MBAを取る。
そしてその後それなりの研究所で5、6年自然科学の人は科学をやる。ビジネス、経済の人はウォ?ルスストリートで金融の現場を踏む。友達を作る。そしてある程度、知識と経験と人間関係ができるとウミガメが故郷に帰って行くがごとく卵を産むために故郷に帰って行く。そして上海の特別金融区で働き、そしてどうしても分からない最近の情報になるとポっと電話をかけてNYのウォールストリートの同僚に聞き、またその同僚がホワイトハウスの金融のアドバイザー、No,5くらいになってたら、そこへ電話をする。
またそれが有力研究所でナノテクノロジー、バイオのプロティオウムのメタボリウムのトップくらいになっていたらそこに電話をして最近の情報を聞く。このウミガメ族に対抗するだけの日本ウミガメがいるのであろうか。実は我々が必死に考えていかなければならないのはこの1点ではなかろうかと思っています。
そしてそれをちゃんと競走できるような日本の科学技術政策、科学技術立国の現場にできるかどうかというのが我々が試されているポイントでないかなと思いつつ今、仕事をしているところであります。
考えのごく一部でございますが申し述べて最初のコメントといたします。ありがとうございました。
有本建男 文部科学省科学技術・学術政策局長
発想の転換を迫られる時代
さきほど黒川先生がおっしゃった通りで、わたしもどうも座りが悪いのです。科学技術・学術政策局長というんですね。何で政策をと、最近は各省一斉に内閣官房も含めて政策、政策と言ってるのです。官僚がそういうところに全部座っていて、政策というのは黒川先生がおっしゃった通りでパブリックポリシーでありますからそのパブリックというのは最近は官ではないのですね。
官もそれはひとつかもわからないけれどみんなで作ろうと、各セクターがそういうふうに明らかに15年間で変ってきたはずですから今日の今からのパネルディスカッションを含めて非常に重要なポイントであるという気がします。
当初、本日の候補者として内閣官房知的財産戦略推進事務局長の荒井寿光さんが出演ということだったのですが、彼は経産省で特許庁長官、通産審議官を経て日本のプロパテントのポリシーをどんどん変えています。この2年間でものすごく変わりました。その彼がこう言ってるわけです。
「今では米国が世界の頭脳センターとなって知財を考案し、中国が世界の工場として各地に製品を流通させている。日本はその中国とアメリカの間で試作品工場になっているのではないか。このままでいいのですか。とそれこそ2050年には日本はどうなってるでしょう」と荒井さんが最近いたるところでいわれている言葉を引用させていただきました。
つぎに21世紀構想研究会理事長の馬場錬成さんが最近出された本「中国ニセモノ商品」の中で、オールコックが1849年に出した「大君の都」(岩波文庫)の中で、日本人と中国人のものの考え方というところで、「日本人は中国人のような愚かなうぬぼれはあまり持ってないから外国製品を模倣したりそれからヒントを得たりすることだろう。中国人はそのうぬぼれ故に中華思想の外国製品の優秀さを無視したり否定しようとしたりする。逆に日本人はどういう点で外国製品が優れているかどうすれば自分達も立派な製品を作り出すことができるのかということに熱心であるしまた素早い」
これは150年前にオールコックが見た事実だと思いますが、これを馬場さんは、日本と中国がいまやひっくり返っているということを言い出した。つまりオールコックの「日本人」というところを「中国人」と入れ替え、「中国人」を「日本人」と入れ替える。すると、
「中国人は日本人のような愚かなうぬぼれはあまり持ってないから外国製品を模倣したりそれからヒントを得たりすることだろう。日本人はそのうぬぼれ故に中華思想の外国製品の優秀さを無視したり否定しようとしたりする。逆に中国人はどういう点で外国製品が優れているか、どうすれば自分達も立派な製品を作り出すことができるのかということに熱心であるしまた素早い」
時代は変わってしまったという意味で大変示唆に富んでいる指摘だ。 私は先程の荒井さんのこととこの2つの問題意識から出発をしたいと思います。
科学技術と社会が提起する課題
さて、21世紀の世界と日本が直面する政策課題、さまざまにあるわけです。人類社会の持続をほんとうに色んな問題の中で持続をしていかなければいけない。我が国の50年先を見た時にどうあるべきか。
その中で科学技術は今までのような象牙の塔に籠った知識を生産しておけばいいということではなくて、日本、世界の人類が直面している課題を解決する、予知するあるいは分析するために科学はどうあるべきかということを考えなければならない。
そうしないともう科学なんかどうでもいいと反科学のムーブメントも少しづつ現れている中で、これは科学者技術者の方々へのメッセージになるわけですが、同じような問題意識で国とか地方とか今や世界大競走が経済どころか研究だろうと教育だろうと技術だろうとあらゆるところでそれぞれを調達すれば良い、という具合にきているわけです。
企業、研究者、学生だろうと日本国民ひとりひとりもそうなる可能性があります。魅力がある国にいこうではないか。魅力のある地方、大学、高校へと。そうなった時に日本はどうなるのか。今や空洞化、知の空洞化といっぱい言われてますけれども。
それでは、日本のビジョンは何なのか、物質的経済的な豊さにやはりここら辺が忘れ去られた文化的精神的な豊かさです。今年の6月に科学技術白書をまとめた時に内閣府と相談しまして「科学技術に何を求めておられますか」と国民のみなさまにお聞きしました。
もちろん経済的な豊さ、経済力の根源としての科学技術ということに期待される方が多いのですが85%の方々がプラスあるいはそれ以上に何か知的、文化的なこういった面にも科学とか技術を使って欲しいと非常に強くいわれている。しみじみそのデータをみて私自身非常は感動し、頭の中を少し切り替えなければいけないと感じました。
もう一つは国際的に信頼、あるいは魅力、品格があるのかないのか、という部分が乱れている。その乱れの根源は成長のベクトルが今や停滞、あるいは長期的には少しずつ下がり出すという中でそれぞれのセクターが価値を共有できていない。これは次の50年先の私共の子供達、孫の世代に我々は何を残すのかと現役の人間が。これをしっかり議論をすればある程度価値を共有してそれに向って行こうではないかということが言える。ちょうど過去15年のこの停滞、不文明な時から今はひとつの踊り場と冷静な議論ができる状況になりつつあると是非こういうところを議論していきたいと考えます。
日本の研究者が減少する日
それでは、今日一番言いたいところでありますが、2006年1億2千7百万人をピークに日本の人口は急減します。2050年には1億人といわれていましたが、どうも最近は9千万人位まで落ちそうだといわれてます。今は研究者のクオリティの高い方とみていただいていいと思います。270万人位、研究者技術者がおられますがこれがほっとくと2050年には160万人位まで100万人以上減るわけです。それは何故か。
今の研究者技術者の市場に参入するメカニズムですが、若手の研究者がなかなか独立出来ない。女性がぜんぜん参入できない。また年寄りは、黒川先生のような方でもいかに頭が良くて回転ができても65才でリタイアしてしまう。それから外国人が参入できない。こういう非常にビジットな人材の市場構造を維持する限り、これだけ下がってきてしまう訳です。もちろんどれだけでフラットにすべきかと対議論をしなければなりませんが量のみならず質ですね、ひとりづつの生産性をどう上げるべきかと、これが今後の日本の一番の課題であろうと思います。
これは3年前にヨーロピアン・サイエンス・ファンデーションとヒューマンフロンティア・サイエンス・プログラムの両方の国際研究機関が一緒になってシンポジウムをした時のツリーです。これが世界中で今大事な理科系の人材を養成する場合のコンセプトとなってまして、小学校からずーっと上がります。
その時に特に日本は、理科系に入ったらずーっといってアカデミックな世界に残る。これがその価値観として小学校から大学の先生だろうと教え込むし、自分達もそう思い込んでいる。あるいはこちらから脱落をするともうそれで人生の半分は残念ながらあの人は能力が無かったからこちらの方にきたのだと、こちらというのは非アカデミックな企業経営やジャーナリズムも少し批判があるでしょうが、この私もそうでした。
私も理科系でしたが30年間さんざん言われました。いずれにせよほっといても理科系の人間がどんどん減る。その中で何が一番大事か、まずは広い裾野、貯水地です。そして高いピークです。エリートをどんどん作っていくということ、そして分厚い中堅であります。
もう一言申し上げるとアメリカの場合にはPHD理科系で博士を取った方の3割が非アカデミックな市場で活躍をされてるということでありまして足を引張られることもなく、むしろこちらの方が成功者であるという価値観で生きておられるということであります。
最後に日本で本格的な科学のアカデミーのコミニティーを作らない限り非常におかしいことになるということであります。日本の科学とか学問というものについてほんとうにその品格のあるものにしなければいけない。そのためにはアカデミーというものが今までの戦後の50年間の日本のサイエンティストのコミニティというのは残念ながら明らかに陳腐です。
護送船団施策のツケを乗り越えて
金をくれ、制度をくれ、体制をくれということでそれに対して行政が小出しにしながら護送船団のようなことをやっていたということです。きちっと品格を作り上げたうえでインディペンデントなボトムアップな体制を作る、やはり近代科学の歴史のある国は立派なものを作っています。こういうものを日本の近代150年でありますから、やっとこういうものをしっかり作ろうではないかと、それこそが政治に引っ張られ易いこちら側のアドバイザリ?ボードについてチェックアンドバランスの機能を果たしバランスの取れた日本の科学技術政策体制ができるのだろうということであります。
第2期科学技術基本計画の中にこういう表現があります。
「我が国は西洋諸国以外では最も早くから近代化の歩み始めた国であり科学技術文明と固有の文化との共存のあり方について苦悩してきた長い経験を有する。この経験を踏まえて世界の人々がそれぞれの文化、価値観を維持しつつ科学技術の恩恵を広く享受することのできる環境作りに貢献することが重要である」
これは閣議決定を3年前にしました。まさしく科学者のみならず私達にとっても非常に大事なことです。それから先週はASEAN主脳会議でついに出ましたね。東アジア共同体を作ろうではないかと。まだ何年後か分かりませんが非常に大切なメッセージです。それを作るためには必ずやヨーロッパの共同体の歴史を見ていただくと分かりますが若人の人材交流です。それから科学、技術の協力をやりながらあの3回にわたる仏と独の憎しみこれをオ?バ?ライドしていったのが若者の交流と科学です。
東アジアにそういうプラットホームを作るという意味では、今から非常に重要な季節を迎えると思っております。ありがとうございました。
草刈隆郎 規制改革・民間開放推進会議委員 日本郵船会長
規制改革が出てきた歴史的背景
まさに先程加藤先生がおっしゃられたように、日本は戦後ゼロからスタートをして高度成長を経て世界第2位の経済大国に持ち上げてきた。これは官主導の経済運営が極めて有効に作用、機能したということだと思いますし、それはいいのですが正におっしゃるように日本型社会主義というものが確立されてきた過程でもありました。
この官が中心となって動かしてきたシステムがバブル崩壊と急速なグローバル化で80年以降もはや機能しなくなったという背景があります。今このようなジリ貧状態から抜け出して、日本経済の活力を取り戻すためには真の意味での資本主義システムへの回帰に向けてさまざまな改革が至急実行されなければならないというふうに私は認識しております。
最初になぜ官から民へ規制改革と民間開放が必要なのかということですが、従来のシステムにしがみつく官僚組織と画一的な官製システム、これがもはや機能しなくなってきてしまったっという現状の中で、民間にできる事は民間で規制改革と民間開放ということは当然しなければいけないのではないかと。
民間指導による事業活動の効率化とか新しい市場の創設、これによって日本経済の活性化と国際競走の強化ということなのですが、言うは優しいのですが先程加藤先生がおっしゃったように、もうDNAで染み付いちゃってるんですね。これを剥ぎ取ることのエネルギーというのは大変だなと感じがいたします。
具体的にいいますと官の仕事では無くて利用者、消費者への市場へすみやかに変換するということです。その方法論として民間に解放すると、また公正で自由な競走をさせる、市場参入を阻む既得権益に優位な規制を止める。とそのことによって国民が自由で多様なサービスを得られるということです。
また市場原理がはたらいて経済が活性化する。あるいは人的要員が必要とされる他の分野に配分され行財政改革につながっていくということだろうと思います。
2004年版のIMDスイス国際経営研究所の調査がございます。総合順位では23位ですが日本の国際競争力というのは、最高だったのが93年の首位だったんですね。実は2002年が底だったということで少し良くなっていることは事実です。日本政府の効率性と政府による過剰規制などがマイナス要因として足を引張っているということがあります。したがって規制改革・民間開放というものが必要になってきたということです。
瀕死の財政状態をどう改善するか
次の資料は我が国の財政状態を示しております。国債の利払い、公債つまり建設国債と特例国債です。この新しい借金と国債の利払いこのふたつで毎月、毎年日本は自転車操業、金繰りをくり返しています。そして国の国債残高、借金が483兆円、地方債やその他の長期債務等を合わせると719兆円になるといわれております。
そして直近の財政審試算によると2010年にプライマリーバランスするということを仮定するとなんと消費税は21%上げるか歳出を35%押さえるかどっちしかないよと、最近いわれてる訳です。したがって小さな政府を実現することによって歳出カットをするということは言うまでもありませんが、更なる構造改革、規制改革、民間開放を強力に推進して経済の活性化を通じて歳入増強を図るとこういうことがMUSTになってるのであります。
最後の5番目ですが官僚、公務員の非効率システムが限界にきているということで縦割り行政による縄張り争い、障壁とか政策決定プロセスがスピードに欠けるとこうやってみますと民のスピード感となんと違うのだろうと甚だしい乖離があるということです。
こうした弊害を取り除いて官から民に実現するために規制改革・民間開放推進会議があるわけですがこの規制改革・民間開放推進会議の発足は実は歴史をざっとみてみますと流れとしては1981年の第2次臨時行政調査会、これはいわゆる土光臨調と呼ばれているものです。
そこからスタートをして1995年に今の会議の前身である行政改革委員会ができました。95年からだいたい10年ですね。それで三菱重工の飯田庸太郎さんが委員長をやられ1998年に規制改革委員会ができました。議長はオリックスの宮内さんがやられて2001年に総合規制改革会議ができて昨年でこの3年間が終わり、今年この規制改革・民間開放推進会議というのができ、現在の会議の重点検討項目が何だろうと、今から3年間実はやらなければいけないわけです。
少し具体的にお話を進めていくと「市場化テスト」について官民競走入札ということです。これが今後の規制改革の本命だと認識しています。要するに公共サービスというものについて、官民対等の立場で競走入札をさせる、そして価格、質両面で優れた主体が落札してそのサービスを提供するという制度です。アメリカ、イギリス、オーストラリアでも既に実施をしています。まず17年度は比較的取組み易いテーマを選んでモデル事業という型でやり、市場化テストの施行のための法整化を図るということです。
18年以降に市場化テストを本格化しようということで対象も大きく拡大していくという。中でも非効率を指摘されている特殊法人、独立行政法人をまるごとターゲットになっていくという仕掛けであります。今年のモデル事業の中心となるのはハローワークと話題の社会保険関連の保険料の徴収といったものであると思います。
民営化はできるところからやる
次に「個別官業の民営化」は官業まるごとというのがターゲットではなく、その川下業務といいますか、やや細かいところの民営化を業務委託をねらうものであります。たとえば税金の徴収、それから公的施設の管理運営などです。国立青年の家や統計の調査をやるなどです。既にやっているのは駐車違反の事業はやっております。
次が「主要官製市場の改革」の推進ですが医療、教育、介護のその辺の14項目を年末の答申に向けてやっているところなんです。この中で「混合診療」の解禁ですがこれはふざけた制度がありまして、特定療養制度っていうのがあるんですが要するに保険外診療を保険診療といっしょにやるとたちまち自分達がためた保険料がパーになってその分全額を自己負担になってしまうというようなことです。
それから教育の分野でバウチャ?という新しい言葉がでてきてますが、一言でいうと今国公立大学、私立と助成金を出しているわけです。それは機関補助であるのですが、それを学生に直接補助をするかたちがバウチャ?制度のコンセプトでひとつの例であります。こんなことをひとつづつやっていこうということであります。
ご静聴ありがとうございました。
野中ともよ ジャーナリスト
ご紹介をあずかりまして野中ともよでございます。
今日は馬場さんから「野中さんは何についての御専門でしょうか」と聞かれて「すみません、私何の専門家でもないんです」と申しました。でも先程の黒川先生のお言葉の中で「これからは女でしょう」というところから言うと今日はひとり女でございます。そして先生がおっしゃってくださった女性達でいいますと60年から70年にに1回の周期で国というのはだいたいあるパラダイムを作るとピークを迎えてそして下がって、新しいものと変わっていく。
これはなぜそうなるのかというと「お、これいいじゃないの。結構おれたちのリーダーシップいいよ」と思った人達が自分達のやり方を変えずにそのまま引張っていこうとするから下がらざるを得ない。というところから言うと人類の歴史、日本もそうかもしれませんが新しいパラダイムというのは非抑圧民族から生まれるとするならば女性達は非抑圧民族の典型でございました。
戦後高度成長の時代、その間効率と経済性の良い男性達がパラダイムを引張ってきてくださいました。それはそれで効率の良い経済活動を営めたとおもいます。現在私が今一番忙しいことでいうと構造改革特区の評価委員教育部会長をしております。構造改革でこういうのをやりたいと、その中で教育で変えたいというのが一番多くありました。
なぜだと思いますか。つまり、教育に各地域問題があるから、だから変えたいという発露が一番多いんです。それで、実験的にやりましょうという型の評価をするというのが我々に与えられたミッションです。
加藤先生のウミガメのお話がございました。ウミガメをどうするか。優秀な人が海外のアカデミアに行くとウミガメ戻っておいでよどころではありません。外へ行った人がなんで中へ入ってこれないシステムかというと同一のコミュニケ?ション原語、年功序列であるとか何とか閥とか秩序としての本人の個の実力ではなくて、それを取り巻く額縁のコミュニケーションコードを持って無い人が入ってくると秩序が乱れるんですね。
若いのに特別優秀な人が入ってきて、専務になるとかアカデミアのみならず仕事のビジネスの分野においてもみんなが納得する。これを加藤先生は社会主義的マインド、平等マインドとおっしゃってくださったのかもしれませんが歴史的にみればやはり1.2.3で縦に横に並んで稲作をしてオラが村が気持ちを一緒にして「今日は田植えをするぞー」となる。
そんな時「やだよ、腰が痛いから」というとその村は食べていけないというそういう中での自己リスクマネジメントは自分が属している集団の規則に自分の個を殺すというよりも個よりもそこが持っているコミュニケーションコードやモラルを守っていた方が自分が食えるという、日本丸という中の人々が飯を食って行く、代々培われてきた自己認識のコードだったと思います。
そこでこの21世紀構想研究会にはがんばっていただきたい、評論家の集団ではないというのが馬場さんが最初に言ったところのご意向だと思いますが、だから嬉しかったんですね。
「どうする日本」に「ほんとに」がついております。でも非抑圧民族は欲張りですから「どうする」ではまだ甘いと思っております。「どうしたい日本改革」というのを個々ひとつひとつが発露しなければ始まらない時代だと思っております。ですから自己の発露、わたしはなんで生まれてきたのだろうとかこれからどんな風に生きて行ったらいいのだろうというようなことを考えるのは、家庭力、家庭における人間力を育むには教育の現場をいじっていくことが一番先に手をつけていかなければいけないことだと思います。
それでは、どうしていけばいいのかというと哲学というエッセンスをいれながらも経済史という見方でみたらたかだか五十数年ですよ。しかも占領政策のその目的が何であったのか黒川節の中でまとまってましたが、そこにはリーダーがいなくて流れの中でただひとつ共通にあった目盛りがあると思います。
より幸せになりたい、いい飯が食えて、いい家が持てて、カローラからベンツに乗りたい、とそれは幸せを具現化するメジャーになっていたんだと思います。ではその先がどうなるのか、やってけいばいいてもんじゃない。だって乗ってる星の小ささ、限界値がわかってきたんですからね。
これは科学、技術、情報力のお蔭です。それでは我々がもっている教育システム、文科省が悪いと「御上」のせいにするのは得意です。でも「わたしはこうしたい日本」という人間をまずひとりひとり育てていく、育てていくには親である我々が発露しなければいけない、とりあえず家庭の中で発露することを私は提案したいと思います。
国家的なシステムをもっている今までの文部省の中心とするものは、鼻たらしがそこら辺を歩いてる子供達の日本の状況から、今日にいたる五十数年でこれだけなったわけですからアメリカ、西洋が出してくれたものに追いつけ追い越せそしてより効率良く、安くあそこに追い付けばより多くのゲインが受け取れてキャッシュフローでゲインが多くなると人々は幸せになれるということがこの構図がイコールで結べないこのに気がついたのです。
つまりTQCが得意でした製造物の(トータル・クォリティー・コントロール)としての私はバーコードと呼んでますが、学歴、子供達の頭に刷り込む18才時点でのその子の記憶力によって品質管理がされていって、死ぬまでその子の人生をほとんど決めていた。ここから変えればいいと思いますが、ここをバーコードでない何の物差しをもっていきますか。その先にはどんな人間が育っていけばいいですか、ということを誰が発露して実現していくかです。日本人は1、2コ成功例がでると大体分かってさーっとそっちの方へいくんですね。例えばイチロー、松井です。
勉強が嫌いだった。でもチチローが命懸けでやったんです。本気になってこの子を伸ばしてやるこの世界で身体を張っていけるような人間にするといいんじゃないの。
養老猛さんが個性というのは首から上にあると思ってる親が多すぎると、むしろ個性と言うのは首から下が問題だと、首から下は脳の指令で動くので結局は頭ではあるのですが体力であると、身体を使ってどういうことができるのかということを、小さい時からなぜ日本はきちんとしたクライティリアを与えていないのかとおっしゃています。
それを小中等で入れ込んでいくと、今の小中等の先生の平均年齢が50才です。その人達が新しい命に自分の肉体をどのように自己認識させるのかもちろん健常者を優遇するという話しでもございません。肉体をどうやって一回しかない命をいきいきと生かせることを考えなければならないと思います。
つまり教育の手のつけ方というのは「どうしたらいいか」ということでAny way日本がなぜこれだけの経済発展をして、1989年から今に至るそして今から2020年に至る歴史観を想像して、というのが黒川先生の問題提起だったと思います。
私はひとつだけ申し上げたい、我々は世界1、2位の債権国です。負の10年といわれたスパイラルの底の2002年のGDPは英、独、仏3ヶ国合わせてシーソーに乗っても日本が重いのです。ですからべらぼうに強い経済力を持っているのです。でも先にどういう国になりたいのかが背負ってきた過去、より多い成長率だGDPだと金持ちを目指す国であるとすればそれはできないのです。
その時にわれわれが財産としての人材をいかに作るかといった時に提案したい言葉があります。軍事力、リーダーシップをとる国、命を落としても正義を通す、男の理論です。命を落としたらリセットはできません。日本は21世紀、平和力、地球に自信をもって平和になりたい、幸せになりたい、平和力のリーダーとしてデビューをして欲しい、そのためにアカデミアもビジネス界も型にして言える共通原語としての平和力、リーダーシップを実現して欲しいというのがわたくしの「どうしたい日本構造」であります。
ありがとうございました。
第2部 パネルディスカッション「ほんとにどうする日本改革」
- パネリスト
- 有本建男 文部科学省科学技術・学術政策局長
- 加藤紘一 衆議院議員(元自民党幹事長)
- 野中ともよ ジャーナリスト
- 草刈隆郎 規制改革・民間開放推進会議委員(日本郵船会長)
- 黒川清 日本学術会議会長
- コーディネーター
- 馬場錬成 21世紀構想研究会理事長
馬場:政治が悪い、役人が悪い、大学が悪いとよく聞くわけですが、それでは日本国民はいいのでしょうか。今日の日本の現状を考えた時、日本国民に責任は無いのですかと問いたくなるわけです。
そこで日本人はいったい賢いのか愚かなのか、あるいは抑圧された民族なのかそれとも自由人なのか。日本人全体の気質レベルについて聞いてみたいと思います。
野中:日本の組織をつくった時に実力がない人、つまり自分の意見を持ち、わたしはこうしたい、だからついてこいという人に組織を任せておくとうまくいかない。天皇制について考えてみても、同じことが言えると思います。その点からいっても、日本の真のリーダーは、戦後の日本にいなかった。
いなくても、国民はどこかに従ってればよかった。そこである政権、自民党のリーダーシップでその国つくりをする時、国民ひとりひとりはものすごくいい協力者としてシステムをつくってきたと思います。勤勉に働き、お金は金融機関に任せて口出しせず、使い方は任せておけ、といって経済界と政治とで成り立ってきました。
そこからするといま、負の10年といわれているけれど、国民は決して愚かではないと思います。では何をしているプロセスなのか。つぎどうすればいいのかということを考えているときだと思います。狩猟民族系であれば、だめだ、そっちに行ったら沼だとわかった時に、そっちではない、こっちだというリーダーシップを民は求めるのですが、われわれはそうではないのです。
あれ、任してたのに大丈夫なのかなといってるときに、何をみるかというと自分の足元の半径でまだ大丈夫の判断ができる民であると思います。だからまだおとなしいんだと思います。
黒川:アメリカの選挙の投票結果をみて、アベレージの人は日本より利口だと思いますか。違いますね。南北戦争と同じ1861年と同じです。何が違うかというと、ほんとにニュートラルな、自分で価値判断しない情報をあたえてますかということです。
情報をあたえたからベルリンの壁が落ちた。これはTV、インターネットのお蔭です。いかに情報を統制するかということがパワーの源泉だった。だからまだ日本は鎖国しているようなものです。メディアの政治、社会、経済面は7割は記者クラブ発です。なんで署名記事を書かないのかということです。
では1995年、野茂がアメリカに行きました。掟を破って行った。国民はTVを観て突然そっちが好きになったでしょ。それをみて判断できるひとはプロ野球選手で、長谷川、伊良部、イチローと続いて、みんなゲームを観て好きになったでしょ。
でも昨年、松井が行ったらなんであんなに大騒ぎをしたのか。それは本家の長男が行ったからであり、これがダメだったらわたしたちの価値観が壊れると思ってみんなが心配して過保護シンドロームになった。だから、これが日本人の価値観であり、中田、イチロー、野茂とぶっきらぼうな彼らを、日本人はこのやろうと思ってるでしょ、だけどこのことが世の中を変えるんです。
国民はばかじゃない。ちゃんとした情報を与えれば、何がいいのか分かるし本能的に分かるんです。それを恐れているのが、いまの権威あるひとたちです。だから情報を操作してはいけません。メディアは大変な役目をしている。つまり情報がひらかれることが、エスタブリッシュメントにとっては一番の脅威なんです。
草刈:日本の国民は、非常に優秀であることは間違いありません。けっしてばかでも愚かでもない。いまの若者は、なんていろいろ言いますが、今年のオリンピックをみてご覧なさい。あれだけの成績を残したオリンピックの選手が過去にいますでしょうか。だめだと言われてる若者があれだけ堂々と泣きじゃくったりせず、新しい感覚の王者になっている。これは日本国民にとってすばらしいプレゼントだったと思います。
ただ、ながい目でみますと、日本人が自分を壊すという自壊作用ができないと本当の意味での国としての力は出てこないと思います。それで幸か不幸か、奈良時代から外的にがんがんやられて占領されたということも無いのです。日本人で唯一自分で自分を壊したのは明治維新だけなんです。だから、あそこで自分で自分を壊す作業がひとつのDNAを破る体質が生まれていれば、日本は随分変わっていたんだと思います。
明治維新のあと日露戦争に勝つまでは順調にきた、そのあと極めてヘンな方向で権力構造ができ、戦争に負け、これも自分で壊したのではなく、壊されただけで、その後官僚というものを使いながら経済成長をとげてきた。しかしこのような状態になり、あらゆることに1回自分の力でぶち壊していくというエネルギーが出てこないと、日本の国は改革されないと思います。
加藤:日本の国民は結構勉強をしていると思います。経済、外交、科学技術や、はたまた日本の精神文化のこともそうです。ただ問題は、意見を強く言わない。ではどうやったらみんな意見を言ってくれるか。
わたしはハーバード大学に1年いたんですが、その前まで日本でいろんな学校で一生懸命まじめにやっていたんだけど勉強が面白いということはなかったです。ハーバードの10ヶ月は、私の人生を変えたと思います。ぺ?パーを書かされたとき、日本の大学にいた時のように、いろんな有力な学者の意見をつぎはぎでゼミの教師に出した。
すると彼の弟子のPhd.の研究生が「加藤さんこれはダメよ。だいたいあなたの自分の意見を書いてないですよ」と言う。「自分の意見というのは、ある歴史の一時期をとるなら、その時の新聞とかいろんなデータとか全部みて、それで脚注をつけて出すといいんだよ」とアドバイスをくれた。
で私は、1937年の廬溝橋事件の半年のところを、その仕法で書いて出したらA-をもらった。学問とはこういうものかと、おもしろいなーと何か推理小説を自分で書くみたいじゃないか感じた。それ以後、自分で調べてものを考えて、それで意見を言えよというのが残ってまして、自分が政界であるところまでかなりおもしろい活動ができたというのは、ハーバードの10ヶ月のおかげだと思います。
それを全部の人にというわけにもいかないし、では日本の教育制度を変えて意見を言えるような日本人になってもらうには、大学院の教育でマスターのレベルの学生をPhd.なんかの学生がティ?チングアシスタントで教えて、学問というものをおもしろいと思わせる。そうやっておもしろいと思った理科系の人、文化系の人がマスターをとって高等学校で子供を教える。
科学現象ってこんなにおもしろいんだよって、当人が目を輝かして教えれば子供たちは理科に進んだり、ある人間はインド哲学に進んだりとなると思います。どうやって日本国民が勉強したあとで意見を言うか。これが難しいんですね。一般市民レベルで、どこで努力してもらうか。原稿で挨拶しない社会をつくりましょうと言っても、社長が話す時は、社長室でたぶん取りまとめると思います。社長がこんな原稿おもしろくないなと思ってもやはり組織だから読むんですね。
官僚の世界はもっとある。だいたい大臣の原稿なんていうのは35才くらいの課長補佐が書いたものが9割でしょ。でも中小企業、ベンチャービジネスのリーダーは、日頃やっているから、だからおもしろいんです。要するに、どうやって自分が意見を確信をもって強く言える社会をつくるか、手始めに原稿読まない社会をつくりましょう。
有本:いまでも印象深く残っていることがあります。堀田力さん(さわやか福祉財団理事長)が、失われた10年というけれども経済的な価値としての失われた10年であって、地域の公共をどうやったらいいかと地域のひとたちがそれぞれ考え始めた。
そういう意味ではこの10年は、胎動から実際にアクションが始まった。そういうふうにみるべきですと言っている。わたしはとても感動しました。われわれはなぜ現役がいるのかというと、子供たちや孫の世代になにを残せるのか、そこを考えてあげないとならない。子供たちは、いまのおとなは確信をもってやってくれていないと思うから、年金も払わないしいろいろなことがおこっているのです。
最後にもうひとつだけ、イギリスの経済誌の「エコノミスト」が80年代後半、日米のハイテク競走が盛んだった時、どっちが勝つかという20ページくらいの分析論文を書いたんです。最後にいった言葉が、日本とアメリカのカルチャーの違いだといいました。日本は足をひっぱる文化であり、アメリカは長所を伸ばす文化だと。だから最後は必ずデサイデッドリー(明確にアメリカが勝つ)と書いてありました。日本の科学界も足を引っ張るから、そこをよく考えて欲しいと思っています。
馬場:それでは国際競争力について考えてみたいと思います。科学技術創造立国を構築するためのその重要な課題は国際競走力です。その重要な課題を解決するための道筋について、各パネリストにお聞きしたいと思います。
黒川:ほんとに変える気持ちがあったら、大学の一番最高峰がなにをするかということが大事なんです。政治家、ビジネスもそうです。カルロス・ゴーンさんも言ってました。ゴーンさんよくやりましたねって言われても、実際にやったのは前からの日産の社員です。
トップの責任とはそういうことなんです。進学校は東大に行くことが目標だなんて、狭いですよ。世界に行ってごらんなさい。そうすると東大の先生が責任のある立場で偉そうな事をいうのであれば、プリンストンやMITみたいに女性の50才くらいの学長をとってくればいい。アジアにもたくさんいます。そうしたらみんな考えます。でもそんなことをするガッツがありますか。まだ島国根性なんですよ。
有本:ひとつは人材です。どんどん優秀な人は海外に行ってます。わたしはまだ出たい人はどんどん出てもいいと思う。しかし出た人でも日本のことは考えてくれています。情報のネットワークをがっちりすることが大事ではないかと思います。
もうひとつは、日本でも住環境が悪いとかいったところでいい装置がある、いい先生がいるところには必ず外国から来ています。国産の優秀な装置をどんどん作り、維持していく。むしろこれからはソフト面よりも、装置のほうがものすごく大事なことになると思います。
馬場:科学技術についてわたしが会った政治家の中で一番の知識を持ちご意見をもってるのは加藤さんです。日本の科学技術創造立国を強力に進めていくためには、どうすればよいのか。政治家の立場からコメントをお願いします。
加藤:有本さんが言った最後の部分が重要だと思います。いい研究者に来て欲しい。日本からアメリカに行ったら戻ってきて欲しい。そのためにはいい研究ができる環境を作ることです。そうなるとやはり、いい顕微鏡、世界一の顕微鏡があればバイオの連中は戻ってきます。
スプリング8は、世界一の「ものをみる装置」のようですが、あれを絶対に他国に負けないものにいつでも保ってること、あるいは世界一の計算機があればナノ技術、バイオ、プロティオームをするひとたちは戻ってきますね。横浜の地球シュミレータ?はまだまだ世界一だそうですが、アメリカが必死になって追っかけてくから、これを負けないようにネクストステージをつくること。
日本に行ったら絶対にいい研究ができるんだ、というものだけは絶対につくってあげたい。いくらかかるかなーと頭のなかで計算すると500億円用意するには、高速道路10キロ分でできるなーとか、そんなことを考えております。
馬場:規制改革と官業の民間開放は、官僚の抵抗にあって容易ではない。この抵抗勢力を排除していくためには、国民の支援が絶対必要ですね。草苅さんの体験からして、われわれ国民はどのような行動を起こしたらいいのか、その辺をお教え下さい。
草刈:わたしもまだ今年の5月くらいからなんですが、これまでの体験から2つ問題をあげたい。ひとつは、あの会議というのは一体どうなっているのか。情報開示が必要だといっているが、一体、予算がいくらあるのかわからない。
たとえばPRするにしてもお金がかかります。あるいは調査をするにもお金がかかります。一体いくらあるかもいわない、変な組織なんですね。そのへんはびっくりしたところなんですが、もうひとつは官僚と、うじゃうじゃ喧嘩ばっかりして議論するんだけど、実は現場検証というのが極めて貧困なんです。そのへんの努力をしてちゃんとやらないと改革は進まないと思います。
馬場:野中さん平和力についてお話ください。
野中:地球の上で命をもらったもので、ひとという動物は他の動物と違って、ある状況がおきたときにより幸せを求める。例えば食べられるようになると、より美味しく食べたいと、より美味しくたべられるようになるともっとグルメにインテリアを気にしたりと、よりよいものを求める脳という臓器をいただいたものなんです。
21世紀平和を実現するために、あの国にいったらけっこういいことがあるよ、と科学技術であれ、教育であれ、ファッションであれ、愛しあい方であれ、平和力を追求する日本の国つくり、ここへやっぱりいこうぜ、というメッセージが大切なことであると思います。
馬場:本日のパネルディスカッションを聞いて私なりに感じたことを一言で申し上げれば、わたしたちは批判するだけではなくて自ら行動を起こし、課題解決には何が一番効力を発揮するのか、その道筋について積極的に発言しかつ行動する、他人任せにはしないということでした。行政、役所、お上任せにはしない、というごく当たり前のことが浮き彫りになったというのが私の第一印象です。
冒頭のあいさてでも申し上げましたけれども1995年から世界が変わってしまった。95年に大学生だった人は、いま10年、あしかけ10年の教育を受けて社会人になってちょうど30代に入ったところです。その人たちは全く違う人種だと思っています。それの典型的なのがライブドアの堀江社長です。あの人はわれわれの年代と違った人種でございます。
それはPCのツールとソフトウェアーという判断を任される技術の世界標準が決まってしまったからです。ツールと手段、そういうものを与えられて世界観をつくってきた人たちだと思います。そのことが最も顕著に出てきたのが「モノづくり」の現場です。
95年ころから急進的に改革されてCAD,CAM,CAE,金型CAD大量生産というモノづくりの現場が、ほとんどデジタル情報で80%は完成されていって物理的なものをつくるところは最後の20%くらいになってしまった。そういう改革をしているのは、いま20代の後半から30代前半くらいの人たちです。この人たちが10年経つと40代になってきますから企業でも行政でも各界でリーダーの立場になってきます。そうなると社会はますますかわってしまう。
この会場の方々もご存知かとおもいますが今「電車男」という新潮社で出した本が爆発的に売れております。この会場の中で読まれた方いらっしゃいますでしょうか。手をあげてみてください。
あまりいませんね。やはり人種が違うんです。きょうは「電車男」を読むような階層の方ではないとうことが明らかになったわけですが、バーチャルの世界とリアルの世界が混然一体となって進んでいったところを、単にインターネットサイトでやりとりがあったものを、時系列に並べて出版したものです。それが感動を呼ぶストーリィになっている。
わたしは著作権というテーマから非常に興味をもって本の出版のいきさつをみているわけですが、書いてあるものが本来ならサイトでやりとりがあった極めて無機質なものですが、しかし一冊の本になると極めて感動的なんです。
こういう時代認識をあらためて自覚したパネルディスカッションではないかと思います。本日は最後まで熱心に討論に加わっていただきましてありがとうございました。これをもって「ほんとにどうする日本改革」の記念フォーラムを終了したいと思います。
ありがとうございました。
