第74回21世紀構想研究会のご案内
◎特別講演会
「さらば国会議員、さらば永田町」
自民党ホープの小野晋也代議士が次期総選挙に出ないと表明
自民党ホープの小野晋也代議士が次期総選挙に出ないと表明
自民党のホープと言われ文部科学副大臣など要職を歴任した小野晋也(おの しんや
)代議士(54歳)が、次期総選挙には出馬しないと表明して各界に衝撃を与えている。
愛媛3区、当選4回。政治家としてはこれから大成する人材として嘱望されていただけに
、突然の「引退」宣言には驚きを隠せない。
先日、自民党の政調会・立国調査会のヒアリングでばったり出会い、小野先生に真意を
聞いたところ「政界の論理に疑問を感じた。国民の政治への不信感は国会で活動を続け
ても払拭できない。今回の決断は、政界からの引退ではない。今後は在野の政治家とし
て人材を育てていきたい」と語っている。
国会議員になりたい人は山ほどいるが、中央政界のホープとされた中堅政治家が潔く辞
めていくのは稀有のケースである。
7月7日には、衆議院議員を辞める真意を21世紀構想研究会で存分に語ってもらう。
愛媛3区、当選4回。政治家としてはこれから大成する人材として嘱望されていただけに
、突然の「引退」宣言には驚きを隠せない。
先日、自民党の政調会・立国調査会のヒアリングでばったり出会い、小野先生に真意を
聞いたところ「政界の論理に疑問を感じた。国民の政治への不信感は国会で活動を続け
ても払拭できない。今回の決断は、政界からの引退ではない。今後は在野の政治家とし
て人材を育てていきたい」と語っている。
国会議員になりたい人は山ほどいるが、中央政界のホープとされた中堅政治家が潔く辞
めていくのは稀有のケースである。
7月7日には、衆議院議員を辞める真意を21世紀構想研究会で存分に語ってもらう。
*日時:2009年7月7日(火) 午後7時~
*会場:日比谷 日本記者クラブ10階Aホール
第74回21世紀構想研究会のご案内
◎特別講演会
「さらば国会議員、さらば永田町」
自民党ホープの小野晋也代議士が次期総選挙に出ないと表明
自民党ホープの小野晋也代議士が次期総選挙に出ないと表明
自民党のホープと言われ文部科学副大臣など要職を歴任した小野晋也(おの しんや
)代議士(54歳)が、次期総選挙には出馬しないと表明して各界に衝撃を与えている。
愛媛3区、当選4回。政治家としてはこれから大成する人材として嘱望されていただけに
、突然の「引退」宣言には驚きを隠せない。
先日、自民党の政調会・立国調査会のヒアリングでばったり出会い、小野先生に真意を
聞いたところ「政界の論理に疑問を感じた。国民の政治への不信感は国会で活動を続け
ても払拭できない。今回の決断は、政界からの引退ではない。今後は在野の政治家とし
て人材を育てていきたい」と語っている。
国会議員になりたい人は山ほどいるが、中央政界のホープとされた中堅政治家が潔く辞
めていくのは稀有のケースである。
7月7日には、衆議院議員を辞める真意を21世紀構想研究会で存分に語ってもらう。
愛媛3区、当選4回。政治家としてはこれから大成する人材として嘱望されていただけに
、突然の「引退」宣言には驚きを隠せない。
先日、自民党の政調会・立国調査会のヒアリングでばったり出会い、小野先生に真意を
聞いたところ「政界の論理に疑問を感じた。国民の政治への不信感は国会で活動を続け
ても払拭できない。今回の決断は、政界からの引退ではない。今後は在野の政治家とし
て人材を育てていきたい」と語っている。
国会議員になりたい人は山ほどいるが、中央政界のホープとされた中堅政治家が潔く辞
めていくのは稀有のケースである。
7月7日には、衆議院議員を辞める真意を21世紀構想研究会で存分に語ってもらう。
*日時:2009年7月7日(火) 午後7時~(6時半よりお弁当をご用意しております。)
*会場:日比谷 日本記者クラブ10階Aホール
小野晋也代議士の略歴
愛媛県新居浜市出身。愛光高等学校、東京大学工学部航空学科卒業。同工学系大学院
航空学専修修士課程修了後、1983年、松下政経塾の第1期生として卒塾。同期生には逢
沢一郎・野田佳彦、横尾俊彦、岡田邦彦らがいる。
その後、愛媛県会議員選挙に立候補して最年少で初当選。2期つとめた後、1993年、衆
議院議員選挙に自民党公認で立候補し、初当選。連続5回当選。
ロボット工学や宇宙工学を専門にしており、教育問題でもたびたび見解を表明。数少な
い理系議員として存在感を示していた。
これまで経済企画総括政務次官、自民党文部科学部会長、文部科学副大臣を務め、現在
は、財務金融委員長、自民党宇宙開発特別委員長を務め、2007年8月から、自民党中央
政治大学院長を務めている。
愛媛県新居浜市出身。愛光高等学校、東京大学工学部航空学科卒業。同工学系大学院
航空学専修修士課程修了後、1983年、松下政経塾の第1期生として卒塾。同期生には逢
沢一郎・野田佳彦、横尾俊彦、岡田邦彦らがいる。
その後、愛媛県会議員選挙に立候補して最年少で初当選。2期つとめた後、1993年、衆
議院議員選挙に自民党公認で立候補し、初当選。連続5回当選。
ロボット工学や宇宙工学を専門にしており、教育問題でもたびたび見解を表明。数少な
い理系議員として存在感を示していた。
これまで経済企画総括政務次官、自民党文部科学部会長、文部科学副大臣を務め、現在
は、財務金融委員長、自民党宇宙開発特別委員長を務め、2007年8月から、自民党中央
政治大学院長を務めている。